週末ドライブ2007年1月号No.1 (神奈川県発着) 神戸帰省No.1
| ■2006年12月30日(土)〜2007年1月6日(土) 神戸帰省No.1 |
慌ただしく過ぎた12月。今年も長い冬休みだったのですが、何の予定も立てれずじまいだったので、久々に実家(神戸)でお正月を迎えることにしました。 ■12月30日 00:30に出発し、東名道へ乗り込みます。渋滞回避のため厚木ICを越えるまで何とか頑張って、足柄SAにて就寝。朝からは高速をひたすら走ります。年末の東名道、さすがに渋滞ありでした。 ![]() 東名から伊勢湾岸自動車道へ。愛知を抜ける頃から辺りは真っ白雪景色!鈴鹿山脈はすっぽりと雲に覆われて、山の上部ではまだ雪が降っているようです。鈴鹿の山を越えるルートは冬期閉鎖中。冬は国道1号くらいしか使えないみたいですね。 下道〜高速と乗り継いで、中国道・赤松PAにて就寝です。 ■12月31日 当初考えていた「城崎温泉でカニ三昧プラン」は実家と予定が合わず断念。で、先日年賀状を作りながら思い出したのがもう随分ご無沙汰してるぼたん鍋(=しし鍋)!猪肉を買うため、舞鶴道・丹南篠山口ICで高速を下ります。 【おおみや】 篠山と三田に数店舗ありますが、せっかくなので本店へ。一番高価な特選ロースは100g単位で1,575円。ちょっとお高いですが久々なので^^。 ![]() (兵庫県篠山市) 【味土里館】 JAのファーマーズマーケットで、ねぎ・春菊・しいたけなど鍋用の新鮮野菜を揃えます。他にも黒豆商品や丹波牛、精米売りコーナーなど。 (篠山市) 道の駅・みきで軽く昼食を済ませ、売店で丹波産黒豆のおかきと甘納豆を購入♪この甘納豆、甘さ控えめで美味しかったです。 その後、実家へ戻ってのんびり〜な年末年始を過ごしました。けん坊母のおせち、久々で美味しかった〜♪カニすき・しし鍋・たこめし等、それはもう贅沢三昧の日々でした。ごちそうさま!ところで、29日に出した年賀状はいつ頃届くかな? ■1月3日 淡路へ 「たこフェリーはまだ在るのか?」という話題から淡路へ行くことに。淡路観光は2度目。前回はバイクでの日帰りタンデムツーリングだったので、実質ドライブするのは初めてです。 明石海峡大橋の完成後、本州と淡路を結ぶ航路として残った明石淡路フェリー(愛称・たこフェリー)。街並みと大橋を海上から見上げる約20分の船旅はなかなかに楽しめます! 【たこフェリー】 駐車場入口の料金所で車に乗ったままお支払い(普通車2,050円+同乗旅客大人@100円)。ちなみに橋を渡る最短区間・垂水IC〜淡路ICは2,300円ですので、料金的にみてもそれほどの差はありません。![]() 明石港から大橋の下をくぐり岩屋港へ向かいます。 ![]() 長さ3,911mの巨大吊り橋を眺めながら、そして見上げながら渡る明石海峡。船を追うようにカモメが数羽飛び交っていました。 神戸は海から山までの範囲が狭く、そんな場所に街がぎゅっと凝縮されています。斜面に建物が建ち並んでいるので海上からでも街並みがしっかりと見えるんです。 ![]() 以前このフェリーを利用した時は、大橋はまだまだ建設中でした。 それにしても、思っていた以上に利用者が多くてびっくり。 フェリーにはフェリーの良さがありますからね^^。 (明石市〜淡路市) 【道の駅・あわじ】 岩屋港から反時計回りに進み、大橋のたもとにある道の駅あわじ(松帆アンカレイジパーク)へ。アンカレイジとは、吊り橋のケーブルをつなぎ止めるおもりの役目をするものらしいです。 橋の両端を支えるその足元に立ちます。大きい〜! 公園内には、シンカーや潜水艇などがモニュメントのように展示されていました。 大橋はライトアップもあるので夜もキレイだろうな。(淡路市) ※神戸側には主塔(高さ約300m)に上ることができる「ブリッジワールド」というツアーがあるそうです。行ってみたいかも! 【北淡震災記念公園】 県道31号・淡路サンセットウェイを走り、北淡震災記念公園にある野島断層保存館(入館料500円/JAF割450円)へ。 ![]() 1995年、平成7年1月17日午前5時46分に発生した兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)。M7.3、最大震度7を記録した直下型の大地震は、各地に多くの被害と傷跡を残しました。 現在、淡路側の地表に露出した野島断層が国の天然記念物としてここに保存されています。 ![]() 断層が敷地内を横切っていた民家がメモリアルハウスとして公開されていました。本来、塀が水平でまっすぐなものだとして、上写真左で縦の移動が、右で横の移動がはっきりと判ります。 (淡路市) 島原の土石流被害家屋を見た時もそうなのですが、こういう施設についてはいろいろと考えさせられる部分も多いです。実際に被災された方のことを考えると複雑な気持ちになります。 当時私たちは福岡に住んでいて、しの母からの電話で目を覚ましました。「神戸がえらいことになっとる!TVつけて!」と。こちらからの電話は何度かけても繋がる気配すらありません。実家との連絡が取れないままの数時間、TVの中継だけが恐ろしい光景を繰り返し画面に映し出していました。無事の確認ができるまでの時間はとても長く感じられました。 ◆◆◆ ウチで確認してる地震災害発生時のいろいろ…●回線がパンクする前に即電話連絡(発着信の順番も) ●もしもの時の集合場所 ●171災害用ダイヤルの使用方法 ●海近くはすぐ避難 ●避難経路の確認(ドアの開閉状態) など 「即電話」は仙台での地震の時に有効でした。お互いの無事を確認した後、神戸実家へ報告しているところに速報を見た福岡の友人からTEL。無事だけ伝え、福岡実家へかけた時にはもう繋がらなくなっていました(福岡へは神戸から連絡してくれてました)。TVで速報が入る、もしくは番組が切り替わるまでの時間はまだ繋がりやすいのだと思います。 また、その地震の後に「メールは連絡が取れやすい」という噂があったのですが、その後福岡の地震の際は(発生から時間が経っていたこともあって)エラーや遅延で役には立たず、やっと繋がったケータイも途中で切れてしまいました。 (神戸帰省No.2につづく…) |
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